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平均的なんてものは意味がない。そもそも平均って何の為にあるのか。

よく平均を気にして生きている人がいるけれどその平均に合わせて意味があるのだろうか。

平均ってそもそもなんだろう。

平均値を出すときって、

例えば身長でいうと、160cmの人がいて170cmの人がいて、それを全部足して人数で割るというのが平均値の出し方だと思う。

それって平均値を出したとしても意味がない。

というか、平均値の人ってかなり少ないことになる。

たくさんの人がいて、その中で平均値が165cmが平均値になったとしたら、165cm以外の人は平均的な人ではないということ。

165cmの人が一人もいなかったとしても、その数字が平均値になることだってある。

それは本当に平均だと言えるのだろうか。

そんなものを気にしていても何も意味はない。

自分は平均値まで全然届いていないからダメな人間なんだと思う必要はない。

いろんな人がいて、できる人がいて、できない人がいてそれでいい。

良いも悪いも全部、個性なんだから。

平均なんてただ足して割っただけのものなのだから、そんなものに振り回される必要はない。

自分の個性を大切にしていけばいい。

日本では、悪いところをなくしていくことばかりに気を取られている。

平均点があって、それ以下だと赤点になってしまうので、その苦手科目を充填的に勉強しなければならない。

もちろんそれは大切なことなのだが、苦手科目があること自体は仕方のないことだし、そこばかりに目を向けることがいけないことだ。

苦手なことを頑張って伸ばして平均値まで伸ばしていって、その間得意なことはおろそかになってしまう。

本当に大事なことは、得意なことを見つけてそれを伸ばしていって、社会に出たときにその得意なことを生かして、仕事をしていくことが大切だ。

だから苦手な部分ばかりに注目して、苦手な部分をなくしていこうとするのではなく、得意なことを伸ばしていくほうがずっと大切だ。

そうやって、ダメなところを克服することばかり考えているから平均値ばかりを気にして生きていかなければいけなくなるし、それだからみんなに合わせるだけの人ばかりになってしまう。

苦手な部分があって当たり前だし、得意な部分を伸ばせばそれで大きな才能になる。

みんなが違っていいじゃん。

苦手な部分があっていいじゃん。

得意な部分を生かしていけばいいじゃん。

無理して平均値を目指していかなくてもいいじゃん。

全部が平均的な人なんていないのだから。

普通の人なんていないのだから。

みんな個性があるのだから。

あとがき

平均なんてそもそもそんなに気にしなくても良いものです。

みんな個性があって良いですしみんなに足並みをそろえなければいけないというものではありません。

もちろん平均があるというのはそれだけ目安になるので便利ではありますが、それに縛られてしまって「平均であることが正義」というような考えになってしまうとそれはどうなのかなと思ってしまいます。

平均は平均で良いのですが、そればかりに気をとられる必要はありません。

みんな個性があって良いのです。

自分が良いと思えばそれで良いのではないでしょうか。

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