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少しでも人を救いたいと思っていたけど自分が救われたかっただけなのかもしれない

私はずっと人を救いたいと思っていたし今でも救える人がいるのなら救いたいと思っている。

だからカウンセラーとして活動していたし、今でも頼まれることがあったらもちろん相談を受けている。

それが自分の使命だと思っている気持ちもある。

昔から人を救いたいという気持ちを持っていて、少しでも人の役に立てたらいいなという気持ちを常に持っている。

しかしカウンセラーとして働いた結果、これでは人を本当に救えることは出来ないと言うことに気付いた。

人の心を癒したり、生きるヒントをその人に渡す事はとても良い事だと思うし、価値のある事だと思っている。

しかしそれでは本当に人は救えないと感じてしまった。

お金がない人に対してお金を渡せるわけでもなく、

病気の人の病気を治せるわけでもない。

そんな葛藤に見舞われてしまったが、それでも自分のやるべきことはこれだと思って続けている。

その後、カウンセリングだけでは人が救えないと思い、救いたいと思う人を出来る限り全面的にバックアップすることにした。

住むところを提供したり、食べるものを援助したりと言う風に援助することにした。

しかしそれでも人を救うことにはならなかった。

なぜなら援助すればするほど、よっぽど意思が強くない限り人はその援助に甘えてしまうから。

結局その人は楽な生活が出来ていたとは言っていても、どんどん堕落していく生活になっていった。

これが本当に人を救うことになっているのだろうか。

そんな疑問が浮かんできたので、援助をする事を少しづつ辞めることにした。

元通りに戻ったにしろ、そうやって人に手を差し伸べたからといってそれが人を救うことにはならない。

むしろ、

やらないほうがその人の為になっていたかもしれない。

魚を与えるのではなく、

魚の釣り方を教えた方がいい。

本当にその通りだと思った。

そして私はまたカウンセリングを本格的にすることにした。

言葉だけでは本当にその人を救うことは出来ないかもしれない。

しかし、

それが一番人を救える方法なのだと思った。

もちろん医者や科学者という人たちは、色んなものを発明したり薬や手術をして本当に病気の人を救っている。

それでも葛藤はあるのだと思う。

救える人でも救わない事を本人が望んでいたのなら救わない選択をする事もあるだろうし、もちろんまだ治すことができない病気だってたくさんある。

全ての人を救うことは出来ないのだと思った。

そんなことは少し考えればすぐにわかることかもしれないけど、出来る限りの人を救いたいと思っていた私は色々考えたけどやっぱり無理なことだった。

そして、

自分に出来ることは少しでも多くの人に言葉を投げかけることくらいしか出来ない。

それが本当にその人の為になっているのかも分からないし、その人が本当に望んでいる事かも分からない。

しかし、自分に出来ることはそれくらいのことしかない。

だから自分はこうやってブログを書いて少しでも人の心に残るようなものを書いてければ良いなと思った。

そんなことは私がやらなくても良いのかもしれないし、こんなブログを書いたからと言って人が救われるかどうかなんて分からない。

それでも自分に出来る事を精一杯する事しか私には出来ない。

だからこれからもずっとブログを書いていきたいと思う。

救うなんてことは出来なくても少しでもこのブログを読んで元気になってくれたり、面白いなと思ってくれたらそれだけでも私は満足です。

人を救いたいなんて言ってるけど、

本当は自分の存在価値を求めているだけなのかもしれない。

自分が生きていても良いという存在意義を持ちたいだけなのかもしれない。

人を救うなんて言っているけど本当に救われたいのは自分なのかもしれない。

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